BRAND STORY

原点

渡部千貴 (Kazutaka WATANABE)

小学生の頃、私達家族は当時東京都国立市にあった3階建てのマンションの3階に住んでいました。
たしか昭和47(1972)年、小学3年生だったと思います。ある木枯らしの吹く初冬の事です。私は部屋にいて、母はベランダで洗濯物を干していました。
あいにくその日の風はとても強く、ベランダのひもにハンガーで吊るしたはずの洗濯物は少しすると全て下に落ちてしまっていました。

「やだ、洗いなおさなきゃ」
と言う母の声に気付き、ベランダの方に行くと、コンクリートの床に落ちて汚れてしまった洗濯物を母が拾い上げていました。
私は試しにもう一度ハンガーの洗濯物をひもにかけてみます。すると目まぐるしく風に振り回されてあっという間に床に落ちてしまいました。

私は母が困っている事に触発されて、なんとかしなきゃという思いから、部屋に戻ってハンガーの”?”の字に曲がったフック部の形を見つめ、どんな形なら引っかけやすく、風で落ちないかを考えました。
何日か試行錯誤しながら、最終的にパックマンの様な形状のフックに落ち着きました。丸い形の一部が”く”の字に凹んでいて、一番奥は繋がっていません。洗濯物を干す時はこのパックマンの口の奥にひもを押しつけると、パチンとひもが輪の中に入ります。ひもは入る時は簡単に入りますが、逆行させる時は人の手が必要で風が外す事は出来ません。
このアイディアは小3の私が形にするには難しかったのですが、絵と説明文で出来た原稿を書いて、当時愛読書だった雑誌「子供の科学」の「ぼくの発明きみの工夫」というコーナーに送ってみる事にしました。

数ヶ月後のある日、母に買ってもらった「子供の科学」を手にして、ペラペラとページをめくり好きなコーナーから中身をながめていました。
「ぼくの発明きみの工夫」も見つけて順番に発明を見ていきます。
後ろの方に進んでいくと、すぐに目が釘付けになってしまいました。
私はただただ、じーっと見つめていました。
そこには私の考えたハンガーが載っていたのです。
絵は直筆のそのまま、説明はわかりやすく上手に編集してくれています。コメントは構造を褒めてくれていて、荷札など色々な所に応用出来ますね、と語りかけてくれています。そして佳作が与えられていました。
その時のページをめくって現れた記事の衝撃は私にとって、とても大きくて、忘れる事のない感動体験になりました。

後日、小3の私に賞の記念として、それまで見た事のなかったスイス製のとてもカッコいいノギスが送られてきました。今でも私の宝物です。
小さな成功体験が刻まれました。
ニュートラルで純粋な創意工夫でした。
思い返すと社会と最初の繋がりだったかも知れません。

過程

いつからか思いついたアイディアをメモにとる様になっていました。
考えたものが世の中にないと思う経験を何度もする内に、自分用に欲しいものは、簡単なものであれば自作する様にもなりました。
革はその頃から触れる様になり、時々手縫いをする様になりました。
そして、自作できないものはつくってもらう事ができないかな、と少しづつ思う様になっていき、特許も取る事ができないかな、と思う様になっていきました。

長年、ライフワークの創意工夫を仕事にする事はありませんでしたが、会社員時代後期に創意工夫の考え方を活かして、お客様に既成概念を破る斬新な改善提案をしている内に、知財部門の力を借りて特許を取得する機会があり、身を結ぶ事でビジネスとしての有用性をはっきりと自覚する機会にもなりました。
その時、私は半世紀近く前の小学校時代の感動体験を久しぶりに思い出しました。

それから数年後、身辺の変化に伴って会社を早期退職して、小学生だった頃の気持ちに戻って創作活動を始める事にしました。
個人事業主として名付けた屋号「INSPIThink」のロゴの「T」は、そんな私の忘れられない思い出のアイコンである大切なノギスをモチーフにしています。

現在

INSPIThinkは3つのコンセプトを基に、様々な挑戦と研鑽を積み重ねながら、デザイン思考の経営をスパイラルアップしています。

・創意工夫を活かして従来品よりも進んだ使い心地を持つ新しい製品を通してお客様に高い満足を提供したい。
・日常生活や仕事における小さな不便を解決して、便利・気分がいい・楽しいに、小さな貢献を積み重ねたい。
・知財と用途開発により浸透する実装を行い、国内外社会へ貢献したい。